
工作機械を止めないために——切削油・油圧作動油の「値上げ第2波」と過去最高の受注市場【2026年夏】
本記事は2026年7月31日時点の公開情報に基づいて作成しています。
2026年夏、工作機械業界は二つの相反する事実に直面しています。
ひとつは、受注が過去最高水準を更新し続けているという事実です。日本工作機械工業会(日工会)が7月29日に発表した6月分受注確報では、受注総額が2,033.8億円(前年同月比+52.7%)と、月次統計として過去最高を記録しました。坂元繁友会長(芝浦機械社長)は6月5日、AI関連の好調を背景に年間見通しを1兆7,000億円から2兆円へ上方修正しています。
もうひとつは、その機械を動かすために不可欠な切削油・潤滑油・油圧作動油が、値上がりと入手難の「第2波」に突入しているという事実です。工作機械メーカー各社においても、切削油をはじめとする消耗品・周辺商材の調達対応が経営課題として表面化しており、機械需要の旺盛さとは裏腹に、油剤の安定確保が業界共通の問題となっています。
機械は売れている。しかしその機械を動かす油が足りない——この構図が、2026年夏の工作機械業界を貫く最大のテーマです。
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なぜ切削油・潤滑油が値上がりするのか:中東危機とナフサ価格高騰の構造
2026年2月末の中東情勢悪化を契機に、3月上旬にはホルムズ海峡の機能が事実上停止しました。中東産油国の生産と輸送が広範囲にわたって滞り、石油供給の途絶としては歴史的な規模と評価されています。
6月17日の覚書(米・イラン間の通航に関する合意)により一時的に緩和したものの、7月上旬には再び緊張が高まりました。7月12日のホルムズ海峡通航船数は14隻で、前週同日の37隻から約6割減少しています(うち原油タンカーは4隻)。危機前は1日100隻超が通航していたことを踏まえると、依然として極めて低い水準です。通航条件をめぐる各国の対応も流動的な状態が続いています。
出典:CNBC 2026年7月13日 https://www.cnbc.com/2026/07/13/ship-traffic-through-hormuz-falls-as-us-and-iran-fight-for-control.html
工業用油脂の原料となるナフサは、この影響で急騰しました。国産ナフサの指標価格は2026年春以降に12万円/kL前後まで上昇し、危機前と比べて概ね2倍前後の水準で推移しています。切削油・潤滑油・油圧作動油はいずれも鉱油または合成基油を主成分としており、ナフサ価格の変動が製品価格に直結する構造にあります。
さらに深刻なのがGroup Ⅲ基油の供給制約です。2026年3月18日、カタールで操業するシェルのGTL(ガス・トゥ・リキッド)プラント「Pearl GTL」がミサイル攻撃を受けました。Shellは初期評価として、Group Ⅲ基油の生産ラインを含む系列の完全復旧に約1年を要するとの見方を示しています。
出典:Shell公式発表 https://www.shell.com/news-and-insights/newsroom/news-and-media-releases/2026/impact-of-middle-east-conflict-on-shell-activities.html Lubes'N'Greases https://www.lubesngreases.com/lubereport-americas/11_14/pearl-gtl-train-out-of-action-until-2027/
韓国についても別途制約があります。世界有数のGroup Ⅲ基油生産国である韓国は、2026年3月下旬よりナフサの輸出を原則制限し、韓国メーカーも原料調達の制約に直面しています。代替調達源の一角が同時に細っている構造です。
米国の業界団体ILMA(独立系潤滑油製造者協会)は、ペルシャ湾の複数施設が米国のGroup Ⅲ基油供給の相当部分を担っていたと指摘したうえで、油脂供給の完全正常化を「少なくとも2027年央まで見込めない」としています。
出典:ILMAレポート https://ilma.org/wp-content/uploads/2026/05/ILMA-Customer-Info-Base-Oil-Supply-Crisis.pdf
「値上げ第2波」と「部分的な供給緩和」の同時進行
4月から6月にかけての第1波(元売り各社による大幅値上げと出荷停止)に続き、7月現在は切削油剤専業メーカーへの波及という「第2波」が進行しています。
出典:日立工油 油剤各社動向まとめ https://www.mito-hitachi.net/topics/detail/
切削油・研削油剤・洗浄剤を手がける国内外のメーカー各社は、2026年春以降に相次いで価格改定に踏み切りました。当初は影響が限定的としていたメーカーが後から方針を転換するケースも複数見られ、業界全体で改定の波が広がっています。容器面でも一部のペール缶・キュービテナー缶の供給を一時休止し、代替容器での対応を行うメーカーが出ており、価格だけでなく供給形態にも変化が生じています。
特に注目すべきは、不水溶性(ストレート油)が先行して値上がりし、遅れて水溶性切削液にも波が及んでいるという影響の「時間差」です。水溶性切削油については追加の価格改定を予告するメーカーもあり、第2波の本格化はこれからという見方もあります。また、通常を大きく上回る量の発注が出荷制限につながるケースもあるため、平常時の調達ペースを維持することが基本となります。
一方で供給面には部分的な緩和の兆しも見えています。7月時点で出荷制限を緩和・解除したメーカーもあり、受注制限が一部見直される動きが出ています。ただしこれは数量面での改善であり、価格水準の正常化とは別の話です。
工作機械現場への影響が大きい油種:油圧作動油
品目の中で特に影響が大きいのが耐摩耗性油圧作動油(VG32・46クラス)です。この油種は工作機械の油圧スピンドル・ATC(自動工具交換装置)・クランプ機構・パレットチェンジャーなど、機械の根幹を支える部位に使われています。元売り各社は4月以降、受注停止品目の追加や一時的な出荷停止といった対応を取っており、平常時のような追加発注が通りにくい状況が続きました。
出典:日立工油 油剤各社動向まとめ(※2026年7月時点) https://www.mito-hitachi.net/topics/detail/
新潟県三条商工会議所が経産省向けに集約した現場の声(2026年4月)には、「68番潤滑油(摺動面油)と水溶性切削油のストックが6月末まで。その後の調達日程が未定」「油が枯渇すれば文字通り工作機械が全く動かせなくなる。様々な業界が止まり、最悪大手メーカーも当地域からの部品が納入されないことで止まる」という声が含まれています。
出典:新潟県三条商工会議所 https://www.sanjo-cci.or.jp/wp-content/uploads/2026/04/9bc1766abca1a162c730276a2c951556.pdf
指定油種が手に入らない場合の対応として、同等の耐摩耗性油圧作動油への横展開が考えられますが、各社とも数量制限が続いているため、工作機械メーカー純正指定油との適合(保証条件・シール材適合・清浄度)を確認したうえで進める必要があります。
なお、工作機械のランニングコストに占めるクーラント関連(ポンプ電気代・廃棄費用等を含む)の割合は、海外の調査では一定の比率を占めるとされています。これに油圧作動油・潤滑油・防錆剤・溶剤を加えると、油剤類が稼働コストに占める比率はさらに大きくなります。今回のような大幅な価格上昇が続く場合、加工単価への転嫁や設備投資計画の見直しを検討する際には、こうした費目の変動を織り込んでおく必要があります。
製造業の価格転嫁の実態:コストは吸収できているのか
コスト増を販売価格に転嫁できているかどうかは、業種・サプライチェーン上の階層によって大きな格差があります。愛知中小企業家同友会が2026年3〜4月に実施した543社調査では、製造業の51.2%が「すでに影響が出ている」と回答し、73.9%が「仕入れ・調達の困難」を訴えています。自由回答には「工作機械用の切削液・潤滑油・脱脂溶剤が品薄かつ2〜5割高、1社にだけ多くは出せないと言われた」という現場の声も含まれています。
出典:愛知中小企業家同友会 https://www.douyukai.or.jp/wp-content/uploads/2026/04/cyuutou1.pdf
制度面では2026年1月1日施行の「中小受託取引適正化法(取適法)」により発注側による一方的な価格決定が禁止されましたが、実際の価格交渉が改善されるまでには時間を要する見通しです。
受注市場は力強く動いている——2026年第2四半期の実績を読む
こうした調達環境の逆風の中でも、工作機械の受注市場は明確な成長を示しています。注目すべきは、水準だけでなく伸び率そのものが加速している点です。1〜3月の受注総額が前年同期比+25.8%だったのに対し、4〜6月は同+45.2%まで加速しました。
けん引役は外需です。6月の外需は1,453.5億円(前年同月比+55.8%)で、中国が歴代最高額を更新し、アジア全体では初めて800億円を突破しました。北米も高水準を維持しています。内需も6月に580.2億円(同+45.5%)と、2022年6月以来48ヶ月ぶりに550億円を超えました。
この背景について坂元会長は、以前の好況期は自動車産業がけん引役だったのに対し、今回はデータセンターや半導体、航空宇宙など裾野の広い受注があったと説明しています(出典:日本経済新聞)。特定業種への依存度が低い分、需要の持続性という点でも従来の好況期とは性質が異なります。
ただし業種別に見ると、方向性は一様ではありません。年初に低調だった自動車が反転する一方で、1〜3月に伸びを牽引していた鉄鋼・非鉄金属は3ヶ月連続で減少しています。自社の主要顧客がどの業種に属するかによって、実感は大きく変わるはずです。
なお日工会は6月のトピックスとして、受注総額は強い回復基調で推移する中、中東情勢の影響に留意する必要があると指摘しています。受注環境の好調と調達環境の逼迫が同時に存在していることは、統計を発表する側も認識している構図です。
「受注が好調=現場も余裕がある」とは直結しないという点は、注意が必要です。むしろ受注増で稼働量が増えているからこそ、切削油・潤滑油の消費量も増え、調達の逼迫感がより強まっている現場があるのが実態です。
特に受注が伸びている電気・精密・半導体関連の加工は精度要求が高く、切削液の品質と安定供給が工程品質に直結します。新規設備の導入やライン増強を検討する際には、初期コストに加えて油剤・消耗品の調達リスクとランニングコスト変化を採算計画に織り込むことが、以前にも増して重要になっています。

切削油・潤滑油の値上げはいつまで続くのか:正常化の見通し
製造現場が最も知りたいのは「いつ元に戻るのか」という点でしょう。各情報源をもとに現時点での見通しを整理します。
Group Ⅲ基油の供給:ILMAは完全正常化を「少なくとも2027年央まで見込めない」としており、Pearl GTLについてもShellが「復旧に約1年」との初期評価を示しています。供給のタイト感がしばらく続くというのが業界の共通認識です。
出典:ILMAレポート https://ilma.org/wp-content/uploads/2026/05/ILMA-Customer-Info-Base-Oil-Supply-Crisis.pdf 、Base Oil News https://www.baseoilnews.com/europe-mideast-gulf-africa/mideast-gulf/shell-qatar-pearl-gtl-plant-halt-group-iii-base-oils-supply-march-2026
物流コスト・保険料:ホルムズ海峡のWar Risk保険料は依然として危機前と比べて大幅に高い水準にあります。情勢が落ち着いたとしても、通常の配船体制や調達ルートが戻るまでには一定の時間がかかるとみられています。
出典:global-scm.com https://global-scm.com/blog/?p=7885
見通しを変えるトリガー:好転シグナルはホルムズでのタンカー通航数の連日増加・LNG船通航再開・大手船社の直航再開・主要油剤メーカーの受注制限解除が複数週続くことです。悪化シグナルは新たな商船攻撃・通航停止が複数日続くこと・Pearl GTL復旧遅延の発表・元売り各社の受注停止品目再拡大です。
現時点では、切削油・潤滑油の価格と入手難が短期間で大きく改善する材料は乏しく、ILMAをはじめとする業界団体の見通しも慎重なものにとどまっています。
よくある質問(FAQ)
Q. アロケーション(出荷統制)はいつまで続くのか?
元売り各社のアロケーションは原料調達コストと物理的な供給量の両面に依存しています。7月時点で出荷制限をほぼ解除したメーカーがある一方、耐摩耗性油圧作動油など依然として欠品が続く品目もあります。全体の正常化はGroup Ⅲ基油の供給回復と連動するとみられており、品目ごとの状況を個別に確認し続けることが重要です。
Q. 受注が好調な分野は、切削油・潤滑油の調達でも優先されるのか?
メーカー・元売りのアロケーションは基本的に「前年同月実績」を基準としており、需要分野による優先順位付けは行われていません。受注増で稼働量が増えても、油剤の追加調達枠は別問題として確保する必要があります。
Q. 今回の値上がりは過去のオイルショック時とどう違うのか?
1970年代のオイルショックは主に原油価格の急騰が原因でしたが、今回は原油価格高騰に加えて「特定の基油製造設備の物理的破壊」「国別の輸出規制」「War Risk保険料の急騰による物流コスト増」が同時に発生しています。価格が下がっても入手難が続くという構造が、過去の危機と性質が異なる点です。
Q. 水溶性切削液は不水溶性と比べて影響が小さいのか?
不水溶性(ストレート油)のほうが基油比率が高いため先行して影響を受けましたが、一部メーカーが水溶性切削油の追加値上げを予告するなど、時間差で水溶性にも第2波が到達しています。「水溶性だから安心」という判断は現時点では成立しません。
Q. 容器・包材への影響はあるか?
あります。一部の容器で供給を一時休止し、代替容器での対応を行うメーカーが出ています。帝国データバンクの2026年4月調査では包装・資材コストの値上げ要因への寄与が過去最高ペースで、油剤本体と容器・包材が同時に値上がりしている状況です。
調達環境の報告と合わせて、市場動向を1枚で説明したいときに
「油剤が値上がりしている」という話は現場感覚では伝わっても、社内の稟議や取引先との価格交渉では客観データが求められます。
月次レポートでは、日工会の受注確報をもとに内需10業種・外需4地域の3ヶ月推移をグラフ化し、市場全体がどう動いているかを1枚で示せる形にまとめています。自社の主要顧客がどの業種にあたるかを確認したうえで、設備投資や価格交渉の判断材料としてご活用いただけます。
本記事は2026年7月31日時点の公開情報に基づいています。ホルムズ情勢・油剤各社の受注可否・価格は日次で変動するため、最新情報はサプライヤーへの直接確認をお勧めします。受注動向に関する考察部分は編集部独自見解であり、日工会の公式見解とは異なります。

